3月に想う



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春らしい日が多くなり、

あっという間に3月が過ぎようとしています。


3月と1月は、大震災が起きた月です。


大震災以来、毎年多くのことを考えさせられ

自分の今に有り難みを感じる3月と1月。



一瞬で、これまで当たり前に

手にしていたものが奪われてしまう


そんな想像を絶することが

現実になってしまいました。



これまで当たり前に手にしていたものには

尊い命

強く結ばれていた絆

安全に快適に暮らせていた環境・・・

様々なものがあります。



阪神・淡路大震災も復興には長くかかりましたが


東日本大震災の被災地では、さらに

復興までの道のりは遠く険しいものがあります。


同じ日本、同じ地球に暮らしながら、

先の見えないご苦労の多い生活しか

選択の余地がない

被災された方々がいらっしゃることを思うと

いたたまれない気持ちになります。



この世界には

「自分さえよければ幸せを感じられる」

と言い切る人もいらっしゃいます。


その人の表面的な部分では

それで問題ないのかもしれません。


でも、そんな人でも

大事なものを心のどこかに

置き忘れているかのような

何かが足りない

そんな感覚に襲われることがあります。



忘れ物をしているような感覚

足りない何か

それらを埋め合わせなければと

何らかの「欲」を満たそうとして

おかしな方向に

突き進んでしまうケースもあります。



おかしな方向に突き進んで

「欲」を満たそうとしても

ひとつ目の欲を満たしても

ふたつ目の欲を満たしても

どんどん次々と欲を満たしても

満たされることなく

無限に貪り続けなければならない状態


こういうループにはまってしまうこともあります。




病気で水分も食べ物も摂ってはいけない人が

すぐそばにいる状況で

自分だけが食事をしなければならない

経験をしたことがあります。


いつもは「こんなに美味しいものはない」

と感じる大好物のものを食べたのですが

まったく美味しく感じられませんでした。


味すらわからないくらいで

たくさん食べられませんでした。


本来なら、大好物のものを

美味しく食べられたことで

満たされて気分がいいはずなのに

全然幸せな気分になれない・・・


それどころか

とてもブルーな気分になってしまいました。



自分ひとりで感じる幸せもあるけれど

人と一緒に、美味しいね、

楽しいね、嬉しいね、良かったね

などと、言ったり感じたりして

分かちあえる幸せもあります。



人は表面的な意識だけで

生きているわけではありません。


人は深い部分で繋がっています。



深い部分で繋がって生きている

私達 地球人類は

やはり自分以外の人の痛みや苦しみでも

どこかで感じているものなのでしょう。



被災地の今のこの苦境をいち早く打開できる

何か大きな力強い一歩を待ち望むばかりです。


被災地の一日も早い「真の復興」を

心よりお祈り申し上げます。

   アカシックヒーラー
        リディオ・ル・フェイ

Photo by Texture Time

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